東日本大震災と原発事故

平成23年12月18日 大江修造

 東日本大震災がこれまでの大震災と決定的に異なるのは原発事故を併発した点にある.すなわち地震の被災地を超えて広範囲の地域に被害を及ぼしている.特に原発事故による放射能汚染は被災地のみならず周辺地域や海洋にもおよびその被害額は天文学的な額になるのではないかと国民を不安に落しめている.

東京電力(株)は当初,津波の高さを「想定外」と説明した.しかし,想定外は津波の高さだけではないことが調べてみて分かった.

放射能汚染は原発の水素爆発により原子炉内の放射能物質が飛散し,これが大気中に拡散したためにおこる.この水素爆発も想定外としていた疑いがある.

筆者の専門は化学工場を設計する化学工学であり,原子力工学は筆者の専門ではない.しかし,原発は化学工場的な部分を有している.この点から,今回の原発事故を検討し学会誌に論文を書いた.その結果,東京電力(株)は水素爆発を想定していなかった節があることが分かった.

原発事故はどうして起きたのか?地震により原発への電力の供給がとまった後に非常時用の発電装置も津波により機能しなくなった.これにより,原子炉に冷却水を送るポンプが止まった.そのために原子炉の温度が上昇した.

原子炉の温度が上昇すると燃料棒を被覆している特殊な金属(ジルコニウム)と残っている水が反応して水素を発生する.発生した水素は原子炉容器内の酸素に触れると,着火源があると爆発する.

したがって,この水素発生のメカニズムは原発を運用する電力会社は熟知していなければならない.

米国では昭和五十四年にフィラデルフィアのスリーマイル島の原発が事故を起こしたことは,良く知られている.スリーマイル島の原発では運転員の操作ミスにより冷却水が止まり,大量の水素が発生した.しかし,水素爆発は防いだ.それは,止まっていたポンプの電源を水素を排気して原子炉容器内に存在しなくなるまで入れなかったからである.ポンプの電源を入れるとポンプのモーターから着火源となる火花が発生するからである.この時の原子炉の温度は一三七一℃に達していたことが,事故後の調査で明らかにされている.

東電の原発事故の内容は,殆ど明らかにされていない.それにしても,不思議なのは電力が供給されていなかった,すなわち着火源(火花の発生)の無かったところで,何故,水素爆発が発生したのであろうか?本当に電気は無かったのだろうか? 燃料棒が高温になり着火源となった可能性が高い.

米国政府はスリーマイル島原発事故の三年前,昭和五十一年に国家プロジェクトで水素発生の試験を大規模に行っており,その結果はカスカート・パウエル式として知られるようになり,スリーマイル島の事故にも検討に使われている.ところが,筆者が調べた限りでは,この重要なカスカート・パウエル式が日本原子力学会誌に水素発生のメカニズムを検討するために引用されていない.引用は燃料棒の物理的なクラッシュに限定されている.つまり日本では原発における水素発生の研究を殆どしていなかった疑いがある.

もし,東電あるい国が原発事故の内容を明らかにしないことがあれば,日本は世界中から非難されるであろう.現に震災前に予定していた筆者の関係する日米研究会の開催が困難になっている

(東京理科大学 教授)


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